« 歌うネアンデルタール | Main | 小学校の友だち »

風と共に去りぬ

旧友とお泊まり会へ行くと、
三人が三人とも、脳に妙なスイッチが入って、
ふだん、けっして思い出さないような、
学生時代に貯えた知識が、ふつうの会話にまじってくるのが、
やけにおかしいのでした。

海外旅行はあちこち行っているけれど、
アメリカはあまり観光していないなあ、と語る友人に、
「数年前に、南部へ行ってきたくせに」
と、アトランタへ出張したことを指摘したら、
南部? と、笑われました。

「南北戦争のとき、南部だったじゃん」
と、むきになってから、
これはつまり、『風と共に去りぬ』の知識だったと気がつきました。
それ以来、読み返したくなって、
今、少しずつ読んでいます。

数年前、文庫で読もうとしたら、
わたしの場合、小学生で初読みした河出の世界文学全集の訳文
(大久保康雄・竹内道之助 訳)
以外では、受けつけないことがはっきりして、
実家から奪ってあったのでした。

ところで、
このあいだから気になっているのだけど、
この著作の訳文や、昔『アンクル・トムの小屋』を読んだときにもそうだった、
黒人奴隷の「なまり」言葉……
「~ごぜえますだよ」「~ありましねえだよ」「~ですだ」「~だで」……というのは、
わが国の、どこのどういう「なまり」を参照したのだろうと、不思議なのです。
それについて、説明している文献にまだぶつかっていなくて。

|

« 歌うネアンデルタール | Main | 小学校の友だち »

Comments

はじめまして。
御本をいつも楽しく拝読させていただいてます。
うろ覚えで申し訳ないのですが、黒人のなまりについては、金水敏氏による「ヴァーチャル日本語 役割語の謎」と言う本で考察されていた記憶があります。この本では他にも博士が何故「じゃよ」と喋るのか、お嬢様の「よろしくってよ」は何処から来た言葉なのかなど、興味深い話が多数あったと記憶しています。 宜しければ、ご一読されてみてはいかがでしょうか?

Posted by: mammalia | February 02, 2007 at 17:11

私がはじめて翻訳物のなまりが気になったのは「指輪物語」のサムでした。(映画からはいった人はたいてい原作のサムのしゃべりは何?と聞いてきます)
でも大学で翻訳論をとってもそういった言葉の選択は訳者のセンスで原文とは関係ないと知るだけでしたねぇ。ちなみに今こうやってなまり部分だけ読むと日本人って本当にリーディングの人だなぁと感想をもちます。
最近は昔話とか落語で話し方だけでお百姓さんの話し方、町人の話し方とわかるのはなぜだろうと気になっています。

Posted by: かなの | January 30, 2007 at 23:14

「風と共に去りぬ」は、高校時代に地元のトイレのする古い映画館で、割引券を学校でもらって、野球部のマネージャーだった友達と、見に行きました。行ったら、「下」からで、それ見て「上」を見ましたね~懐かしいです。

Posted by: you | January 26, 2007 at 22:48

う~ん、この間たまたま観ていたテレビで、新潟のおじいさまが「なんとかなんとか~っちゃ」と答えておいでの時には、「あ!ラムちゃん新潟を経由してあたるのいる家に落ち着いたのね!」と思いましたが(笑)(ちなみに、男の方が発音しても、意外と実は嫌味はありませんでした。やわらかい響きがあるだけで)

Posted by: 朝 | January 25, 2007 at 23:30

なまりの翻訳…笑ってしまいますね。
何か参考にしたのでしょうか。

ちなみに以前学会でアイルランド詩人のW.B.イエイツの訳詩を東北なまりで行った教授がいらっしゃいました。教授は東北の某大学に勤めていて、本物のなまりを知っていらっしゃっていて、訳詩はかなり評判よかったみたいですよ。

映画『フラガール』などで役者が無理やりな東北弁を語ったりすると、東北出身の私としては思わず苦笑いしてしまいますね。

Posted by: 白樺風子 | January 25, 2007 at 14:05

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/162698/13644410

Listed below are links to weblogs that reference 風と共に去りぬ:

« 歌うネアンデルタール | Main | 小学校の友だち »