書籍・雑誌

動物が幸せを感じるとき

NHK出版

『動物が幸せを感じるとき~新しい動物行動学でわかるアニマル・マインド~』

著:テンプル・グランディン キャサリン・ジョンソン

2011年12月25日発行   2200円+税


ぱらぱら見て、著者が畜産業界で仕事をしているのを見て、なかなか本を手に取れなかったのですが、

いざ読んだら、これほど読んでよかったと思う本にはなかなか巡り逢えないものでした。


オリヴァー・サックス著『火星の人類学者~脳神経科医と7人の奇妙な患者~』(早川書房・ハヤカワ文庫)を読んだのは10年くらい前で、内容がおぼろげだったけれど、

そのタイトルにもなった、「自分は火星の人類学者のようだ」と語った高機能自閉症の女性の章は、うっすら憶えていました。その人が、テンプル・グランディンだったのでした。


『動物が幸せを感じるとき』の前著にあたる『動物感覚』(NHK出版)も、自閉症をもつ子どもの伸ばし方を書いた『自閉症感覚』(同)も、とりよせて読みました。

感覚過敏に苦しみ、今も他人と異なる自分をかかえて懸命に生きる人にしか提示できない、動物や自閉症児にかかわる洞察ばかりです。

いきなり夢中になっています。



怖い絵本

体の調子は悪くありません。

お散歩にも出かけています。



2月上旬のことでしたが、新宿で行った雑誌インタビューのため、編集者と紀伊國屋新宿本店前で待ち合わせをして、約束時間の7分前に着いたときでした。

少しの時間でも新刊本を見て回りたくて、店内に入り、

これなら時間内に立ち読みできるとふんで、そこに平積みになっていた、

『いるのいないの』(怪談絵本3) 京極夏彦著・東雅夫編・町田尚子イラスト(岩崎書店)を、

さらっとめくってみました。

そしたら、こっ、こっ……怖かった。こんなにせわしい情況下でぞっとするなんて、思っても見なかったのに、待ち合わせも忘れてぞっとしていました。

よかった、今の自分が大人で。子ども時代の私なら、確実にトラウマをつくって、長年後悔していたかも。


源氏物語

師走になりましたね。

「ヨムヨム」に書いたエッセイは、2007年の話でしたが、「源氏物語」映画の封切りを控えて、

角川文庫の書棚が関係本で賑やかなのを見て、思い出したところはあります。

「源氏物語」五十四帖を、原文で一気に通読すると初めてわかることがある、というのが話題の一つでした。

で、エッセイには書かなかったのですが、通読して個人的に感じたことの一つが、

「後半、文体が異なるのは、どう見ても明らか」ということでした。

中途から、あれ?と思いますが、特に「宇治十帖」は、同じ人とも思えない文章で、もう変でたまらないほどです。


でも、複数作者説は、学界で否定されているし、どうしてこう思ってしまうのかなーと、ずっと不思議に思っていました。

先日読んだ、『源氏物語はなぜ書かれたのか』(井沢元彦著・角川文庫)の巻末には、上野誠氏との対談が収録してあり、そこで上野氏が、

国文学者にとって、多作者説は「禁断の実」であって、死守せねばならない最後のパンツ一枚だと語っておられました。

それもよくわかる話だと、深く納得したのでした。


ブレードランナー

きのう、NHK・BSで、映画「ブレードランナー」ファイナルカット版を見ました。

1982年の作品です。リドリー・スコット監督による再編集は2007年。

ファイナルカット版を見たのは初めてだけど、大きく違っているとは思わなかったかな。

当時の輝きを忘れずに見られる、数少ない映画の一つです。ハリソン・フォードが若い若い。ショーン・ヤングは、まんまラファエル前派のファム・ファタール。


原作とは、まったく違う(けれどもいい)作品という、かすかな憶えだけがあって、原作を忘れているので、読み返したくなったけれども、

原作の文庫を買って、処分して、もう一度買い直したところまでしか記憶になく、それをまた処分したかどうかは、もう思い出せなかったのでした。

決意を固めて家捜ししたら、埋もれた本棚の一番下から発掘しました! 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』(ハヤカワ文庫SF) すごく嬉しかったー!!


フィリップ・K・ディックが、この作品を書いたのは1968年、邦訳されたのは1977年です。

20代の私には、この作品のうやむやな運びと結末がよくわからなかった。けれども、今読むと、映画の内容とはまったく別の次元に焦点があるのが、やっとわかると思いました。

スコット監督の映画は映画で完成度の高いものだけど、ディックが書いたものは、そこから三つくらい違う層にある……

人間以上に優秀なアンドロイドと、人間の差がどこにあるかの究極の境を<共感能力>に求めてみた……という、シミュレーションでできているのでした。ストーリーはその周囲をふらふらと回っている。

映画と完全に重なるのは、その<共感能力>テストの設問だけです。

しかし、これって、つい最近になって脳神経科学で指摘されるようになった<ミラーニューロン>のことですよね。そう考えたら、心底敬服しました。


ル=グウィン

河出書房新社

『いまファンタジーにできること』

アーシュラ・K・ル=グウィン著  

2011年8月30日初版刊行     定価2000円+税


原本の刊行は2009年。 ファンタジーや児童文学にかかわる最新の評論エッセイ8偏を納めています。

2010年のローカス賞を受賞したそうです。


読んでしまいましたよ。

この本のメインとなる論文が、<動物物語>論だと知ってしまっては、すぐに取り寄せて。


「アニマ・アニムス・アニマル」連載エッセイにつけくわえる、最後の話題として、

これ以上にふさわしい著書はありませんでした。

いろいろ語りたくなり、少し長めの原稿を書きました。

たぶん、これを書き下ろしの一遍にして一冊になるだろうと思います。

共感した部分も反発した部分もあったものの、たいそう刺激的だったのでした。



活字倶楽部

もう何度もインタビューでお会いして、ノリがいっしょだったため、編集氏とプライベートに映画を見たりもした、

季刊雑誌「小説ファンマガジン・活字倶楽部」(雑草社)、今年の夏号が、発売延期→発売未定となっているので、

何が起きたのかと、陰ながら編集氏たちを心配していました。


問い合わせその他で、忙殺されているだろうと思って、こちらから連絡せず、ネットのどこかに情報がないかなと、あれこれ探していたのですが、先日、編集Tさんにメールをいただきました。

9月末には刊行できる見込みだそうです。

ひとまず、よかったよかった。

もっとも、この情報は、ツイッターではもう流れてますね。


私自身、この雑誌の特集で目にしてファンになった小説は多いので、なくなってしまうのは淋しかったのでした。

小野不由美氏の『十二国記シリーズ』も、森博嗣氏の『犀川&萌絵シリーズ』も、この雑誌で知ったものでしたよ。


Tさんは、メールの終わりに、今、英国アカデミー賞受賞のTVドラマ「シャーロック」がおもしろいと書いてあって、

私も、めずらしく見て、ひどく感心しているところだったので、ああ、ノリが同じだと思いました(笑)。

NHK・BSプレミアムで、20時から3夜連続で放映していて、今日が第3回です。

現代のロンドンで活躍するホームズとワトソンという、最初は鼻で笑おうかと思った設定なのに、思わず納得の出来ばえです。

さすがは本家イギリスだ、原作の人物造型への洞察がすごい。

ワトソンなんて、アフガンからの帰還兵ですが、奇人ホームズといきなり意気投合することへの説得力がすごいー。


「大津波と原発」

東日本大震災、以後、

すべてのものごとを、過去の「通常」と並べてはならないと思っています。

<復旧>しか考えずに動くのは、間違いのもとではないかと。

日本という国が、なんらかの誇りあるイニシアティブを、世界に示すためには、ここで、すごく痛くても変わるんだよ、という選択を、民族単位でするのだよな……と思っています。

でも、痛いものは痛いよなー、と、かみしめてもいます。うそぶくだけの行為ではすまない。


朝日新聞出版

『大津波と原発』

内田樹×中沢新一×平川克美

2011年5月30日発行   定価740円+税


4/5にU-Stram「ラジオディズ」で行った鼎談の収録だそうです。価値のある知的な意見だと思いました。

……だれが悪いのかとつっつくだけの、マスコミの皮相さを越えたところで、現象の深部をとらえておきたい人には参考になる出版でした。


『朝びらき丸 東の海へ』

ロードショーも終わるところですね。

映画「ナルニア国物語 第3章:アスラン王と魔法の島」

1、2章を見ているものの、今回はとうとう逃しました。


時期がよくなかったですね。私も、実家の事情があったし。

友人の海外出張にも引っかかったし、もう一人の友人は教授職なので、一番多忙なときだし。

私たちにとっては、3人で見ないと意義の少ない映画なのでした。

刊行直後の「ナルニア国」全7巻を読んだ小学生という過去を持ち、その共通項で仲よくなったようなものなので、

映画館へ行くのは一種のお参りです。映画が楽しみなのとは、ちょっと違う。


『朝びらき丸 東の海へ』は、3人とも、やたらに細部が印象に残る巻でした。

この年になってまで、ふいに「のうなしあんよ」の話とか、この世のはてにいきなり子羊がいて、わけがわからなかったという話が、浮上するのでした。


久しぶりに再読してみましたが、

「いやはての海」の描写が大好きで再読をくり返した、小学5、6年生の自分を思い出しました。

その年頃は、この巻が一番好きだったのです。

海があまりにも澄んだ水になり、ルーシィが、海底に映る「くつほどの大きさの」船の影に気づくところなど、

何度読んでも、ルーシィになって体感できるような気がします。


言葉と脳と心

講談社  講談社現代新書

『言葉と脳と心――失語症とは何か』

山鳥重・著   定価:本体740円

2011年1月20日発行


……失語症は、調査における9割まで、脳血管障害によっておこる障害だそうです。重度にもよりけりで、さまざまな症例が浮かび上がります。

発話ができなくなる、ブローカ失語。

聞いた言葉が理解できなくなる、ウェルニッケ失語。

脳のブローカ領域とウェルニッケ領域の連結が切断されておこる、伝導失語。


読んでもっとも印象深かったことは、

ウェルニッケ失語で、聞いた言葉が何一つ理解できなくなった患者が――国内の症例ですが――医師が英語で話しかければ、いぶかしげになり、外国語との区別ができているという報告でした。

人は、単語の聞き取り・理解とは別系統で、言葉をセンテンスで聞き取るらしいのです。


今日、脳内スキャンの技術が格段に進歩していますが、言葉の生まれる領域という「心」に関する部門では、

いまだに、手探りのあて推量で仮説を試みるしかないのだと、よくわかる内容になっていました。

追究すればするほど、発話と聞き取りのコミュニケーション能力は、複雑なプロセスをふまえていて、日常的に簡単に行っているのが不思議だとさえ思ってしまいます。

おもしろくてためになる本でした。


暗闇で着る

思い立って、『時代衣装の着つけ』という本を取り寄せてみたんです。

ぜんぜん知らなくはなかったけれど、

あらためてまたしみじみ思う。平安貴族の男女って、

こんなにめんどうな衣装を、「ふつうだよ」と思って着ていたわけだ。

彼や彼女は、どうせ側仕えの人に着せてもらったと考えてもいいけれど、

女性の部屋にしけこんだ男性の場合、脱がないと意味がなく、夜明け前の暗いうちに、自分で着なおして帰ってくるわけで。

光源氏の描写でも、ひと目をしのぶ逢瀬では、さすがにしもべが着せてあげている様子はないです。

彼があちこち脱ぎ散らかした衣類を、女性側の侍女が拾い集めてくるという描写はあったけれども。


現代の目で見ると、着つけ担当者が前と後ろに二人いないと、平安男子の衣装って着られそうになく見えるのですよ。もっと適当な着方でもゆるされたのかな~。しかし、宮中でそれは難しいですよね。

しかも、局(つぼね)なんて、プライバシーは極端に少ないから、

女のもとを訪ねて、烏帽子(えぼし)を几帳にぶつけ、音を立てて周囲の者に知られる不器用な男を、清少納言が無粋だと怒ったりしているし。

悠長な時間の流れる時代とはいえ、こういうところではぐずぐずできないだろうし、ご苦労なことです。


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